■カルト宗教において・・、一般的な常識から見て優秀な人材とも云える幹部会員が、何故、前述するような間違いを起こすかと言えば、一にも二にも、宗教と云うものの性質上、自己の心の中の問題として、絶対的な立場で捉える事柄と、この世的な事柄に属する、相手との相互関係で捉える問題の区別が付かないことにあると思います。仏教で云うところの小乗と大乗のことかも知れません。ここがカルト宗教のカルト宗教たるところです。
次に進めて、GLAの発行したものも含めた、その他、書籍などで得た知識を参考として所見を述べさせてもらえば、以下のことが云えます。
あの世に還れば、家族、友人、親戚、知人、などの親しい間柄の人達と言えども波動(一種の雰囲気で、心の在りようや行いで、その人固有のものが作り出されるとされています)が異なれば、結局は別れて、別々の世界に行くのだそうです。分かり易く言えば、雰囲気が合わないと居づらくなり、自分に合うところへ向って行くのだそうです。だったら、反省しなくてはならないような、相手とは、当然別々の世界に存在することになると云うことです。
霊的に別の世界とは、次元の違う世界ですから、アメリカと日本というようなものではなく、この世とあの世の違いと同じような意味があると思います。又、高低は同じ次元でも別の位置に存在するもの、例えば、別の宇宙のようなものを指しているかも知れません⇒大部分はそうだと思います。別々の世界に住んでいると言うことは、波動の相通じない世界に居るのですから、相手にお詫びしなくてはならなくなっても、相手と同じ波動を得なくてはなりません。次元の境界線を越さなくてはなりません。
この世は宇宙の果てとは云え、原理的には、電波はとどくのです。あの世では、個性により波動(霊波)は異なるのだから、波動を変えなくてはいけないのです。個性を変えることとイコールだと思います。そう簡単にできることではない筈です。従って相手に詫びることが不可能であれば、良心の中にマシマス神にお詫びするしかなくなるかも知れません。
だからと言ってそくつりそのまま、波動の法則をこの世に当てはめると云うことは、間違いであると思います。
その理由はこの世は物質の世界ですから、波動が相通じなくても言葉や文章、又は電波で一定の意思疎通はできるようになっているですから、この世の法則に従って、できることは行えばよいのです。この世も霊界を構成する一つの世界であると言われています。であるならば、波動の法則も存在しているものとも云えます。が、この世の手段でできることは、この世の手段で行えばよいのです。例えるなら有線電話と、無線電話があるなら、確実性の高い有線電話を使用すれば、間違いが起きないと同じであると思います。
私見として霊的波動は、背景磁場のような形で存在しているのではないかと思います。物理的には我々は地球磁場の中に存在しているのですが、直接磁力を感じることがないと云うことから、類推すれば理解出来るかも知れません。但し、以上に関しては、何ら科学的根拠をもったものではなく想像の世界なのです。仮にあの世が存在していても、中身に関しては想像しかできないことを忘れてはいけないのです。さも事実であるかのように言って、人々を惑わしてはいけないのです。事実は違っているのかも知れないのです。
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